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2026.01.28

コラム
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跡見学園女子大学 坪原紳二 教授 講演会

編集:自転車総合研究所 所長 村野 清文

 

2025年12月11日木曜日、当センター自転車総合研究所が「第10回 自転車総合研究会」を開催しました。その第2部として、跡見学園女子大学観光コミュニティ学部の坪原紳二教授による「オランダの長距離自転車ルート―駐輪施策の動向を含む―」と題する講演会を開催しました。


 

【講演録】オランダにおける長距離自転車ルートの整備と都市中心部の駐輪政策
─────────「移動の背骨」としての自転車インフラと、歩行者優先へ転換する都市空間

講師:跡見学園女子大学 観光コミュニティ学部 教授 坪原 紳二

本日は、オランダにおける最新の自転車政策動向として、都市間を結ぶ「長距離自転車ルート」の整備と、都市中心部における「駐輪政策」の変容についてお話しします。
私はかつてオランダ北部のフローニンゲン大学に5年半ほど在籍し、研究生活を送る中で、現地の自転車インフラを日常的に利用してきました。帰国後も継続的に現地調査を行っており、直近では2025年9月にアメルスフォールト周辺でフィールドワークを実施しました。本日は、実際に走行しながら収集した映像や資料を交えつつ、オランダが現在直面している課題とその解決策について論じたいと思います。

1. 長距離自転車ルートが整備される背景
レクリエーションから「日常の足」へ

オランダにおける長距離の自転車ルート整備自体は、決して新しいものではありません。古くから「LFルート(Landelijke Fietsroutes:ランデライケ・フィーツルーテス)」と呼ばれる広域ネットワークが存在し、数日かけて国内を旅するサイクリストのために利用されてきました。また、地域レベルでは「クノーププント(Knooppunt)」と呼ばれる結節点ネットワークが37の地域で整備されており、番号付きの交差点を辿ることで、地図を見なくとも自在にサイクリングが楽しめる環境が整っています。これらは主に週末の余暇や休暇を楽しむためのインフラでした。

しかし、近年急速に整備が進んでいるのは、こうした余暇目的のものではなく、通勤・通学・買い物といった「日常的な移動」を支えるための長距離ルートです。これには主に3つの社会的背景があります。
第一に、電動アシスト自転車(E-bike)の爆発的な普及です。
現在、オランダの自転車販売台数の約半数がE-bikeであり、販売額ベースでは市場の7割以上を占めています。平均価格は約2,700ユーロ(現在のレートで約40万円超)と高額ですが、自転車店にとっては大きな収益源となっています。E-bikeの普及により、向かい風や起伏を苦にせず、高齢者を含めた多くの人々が長距離を移動できるようになりました。

第二に、自治体の広域化と生活圏の拡大です。
市町村合併により自治体の規模が大きくなり、中心都市に機能が集約された結果、日常の移動距離が10km、20kmと伸びています。一つの自治体の中で完結する移動そのものが長距離化しているのです。
第三に、公共交通の縮小と道路渋滞です。
地方部では採算の合わないバス路線の廃止や減便が進む一方、高速道路や幹線道路は慢性的な渋滞を抱えています。こうした状況下で、「自転車で長距離を快適に移動できるルート」を整備し、自動車交通からの転換を促そうというのが、現在の国家的な政策目標となっています。現在、約1,000kmが供用済みで、さらに同程度の距離が整備中、将来的には2,500kmの追加整備が構想されています。

2. 「高速」から「通過」へ ── 概念と名称の変遷

この新しいネットワークは、当初「高速自転車道(Fietssnelweg:フィーツシュネルヴェーク)」と呼ばれていました。英語で言えば「Cycle Superhighway」にあたります。しかし、この名称は「スピードを出すための道」という印象を強く与えすぎました。その結果、猛スピードで走るサイクリストが増えることへの懸念から、沿線住民による反対運動が一部で発生しました。
そこで現在は、**「Doorfietsroute(ドールフィーツルート)」**という名称が一般的に用いられています。直訳すれば「通過自転車ルート」です。「高速」という言葉を避け、より日常的な利用実態に即した名称へと改められましたが、「都市と都市、地域と地域をつなぐ自転車ネットワークの背骨(バックボーン)」であるという位置づけに変わりはありません。
ルート全体の長さは20km程度ですが、必ずしも全区間を走る必要はありません。自宅から数キロ走り、この「背骨」に乗って10kmほど移動し、最後にまた枝道に入る、といった使い方が想定されています。

3. 設計の指針と5つの原則

Doorfietsrouteの設計にあたっては、CROW(クロウ: オランダのインフラ・交通・公共空間に関する知識プラットフォーム。政府と企業が連携し、インフラの設計指針等を策定する非営利組織)が策定した指針がベースとなっています。2014年に最初の「インスピレーションブック」が出され、その後ノウハウの蓄積を経て、2025年にはFietsberaad(フィーツベラート:自転車協議会)との連携により最新のガイドラインが発行されました。
ここでは、長距離ルートに求められる5つの設計原則が示されています。

1. 直接性(Directness): 迂回を避け、最短距離を結ぶこと。特に重要なのは「時間の直接性」、つまり信号待ちによるロスを最小限に抑えることです。
2. 安全性・快適性(Comfort/Safety): 自動車や歩行者と動線を分離すること。
3. 魅力(Attractiveness): 走行環境の質を高めること。
4. ネットワーク性(Cohesion): ルートとして連続性を持たせること。
5. 幅員(Width): 多様な車種が安全にすれ違える幅を確保すること。
特筆すべきは「幅員」の考え方です。E-bikeの高速化に加え、大型のカーゴバイクや高齢者向けの三輪自転車など、自転車の車種は多様化しています。そこでオランダでは2022年に「幅員ラベル(A〜E)」という評価指標を導入しました。
このラベルは、単純な道幅だけでなく、交通量や通行形態(一方通行か対面通行か)といった変数を考慮して算出される「快適性の指標」です。ラベルAが最も快適性が高く、対向車や他の自転車との接触リスク、追い越し時のストレスが極めて低い状態を指します。

CROWが提供する計算ツールを用いると、例えば「ピーク時の自転車交通量が多い」という条件下でラベルAを満たすためには、対面通行で4メートル程度の幅員が必要であるといった判定がなされます。長距離ルートにおいては、この最上位である「ラベルA」を目指すことが推奨されており、実際に農村部などでは対面通行で3〜4メートルの広々とした幅員が確保されています。

4. インフラ整備の実際 ── Fietsstraatと案内標識

自動車はあくまで「ゲスト」
市街地など、どうしても物理的に分離された自転車道が確保できない区間では、**「Fietsstraat(フィーツストラート=自転車優先道路)」**という手法が採られます。
ここでは路面全体が自転車道を示す赤色で舗装され、中央にはレンガ敷きの帯が設けられるなど、視覚的にも自動車がスピードを出せない工夫が施されています。標識には「自転車が主役、自動車はゲスト(Auto te gast:アウト・テ・ハスト)」と明記されており、法的規制というよりも、デザインによって自動車ドライバーに「お邪魔している」という意識を持たせ、自転車のペースに合わせた走行を促す仕組みです。

例えば、幅が7メートルほどある道路では、中央分離帯のような障害物を設け、自動車が自転車を追い越す際には段差を乗り越えなければならないようにするなど、物理的な速度抑制策がとられています。

体系化された案内標識
長距離移動において「迷わないこと」は極めて重要です。オランダでは、自動車用の案内標識(青地に白文字)とは明確に区別された、自転車専用の案内標識システム(白地に赤文字)が確立されています。
さらに長距離ルート専用の標識についても、かつては各自治体が独自のデザインを用いて混乱を招いた反省があります。例えばヘルダーランド州では独自に「白地に紫文字」の標識を導入しようとしましたが、国家道路標識局(NBD)から「統一性を損なう」としてストップがかかりました。こうした経緯を経て、現在は統一規格が策定されています。
ルート番号(Fナンバー)と視認性の高い配色を用いた標識が、交差点の手前(予告)・交差点(決定)・通過後(確認)の3段階で設置され、初めて走る人でも迷わず目的地へ到達できるよう配慮されています。

5. フィールドワーク報告:F261とF28

ここで、私が実際に走行調査を行った2つのルートをご紹介します。
事例1:F261(ティルブルフ〜ヴァールワイク)
全長約16kmのこのルートは、2021年に開通しました。鉄道駅を出発し、自動車専用道(N261)と並走しながら、都市部から農村部へと抜けていきます。

このルートの特徴は、市街地区間における大胆な空間再編です。かつては対面通行の車道の脇に狭い自転車レーンがあるだけでしたが、現在は車道を一方通行化して幅を狭め、中央部をレンガ舗装にすることで自動車の速度を抑制しています。その分、自転車通行帯や歩道にスペースを割き、各モードの役割を明確化しています。
実際に朝の通勤時間帯に走行してみると、学生や会社員が途切れることなく走っている様子が確認できました。交差点では自転車優先の設計が徹底されており、自動車側にはハンプ(盛り上がり)を設けて一時停止を促しています。信号交差点も最小限に抑えられており、待ち時間がほとんど発生しないため、ストレスなく移動できます。
また、ルート上には「緑のライン」などの独自デザインが施され、利用者に「特別なルートを走っている」という認識を与えています。

事例2:F28(ユトレヒト〜アメルスフォールト)
こちらは今年(2025年)完成したばかりの新しいルートです。半分ほどは鉄道沿いを走り、残りは自然公園や森林地帯を通過します。

自然保護の観点から、森林区間では照明を控えていますが、その代わりに路面の両端に白いラインを引き、夜間でもコースアウトしないような視覚的なガイドを設けています。
幹線道路との交差部では、トンネルによる立体交差や、島を介した二段階横断が採用されています。大きな交差点でも、一度に渡りきるのではなく、中央の島で一息つけるようにすることで、安全性を確保しつつ信号待ちのストレスを軽減しています。実際に走ってみると、信号で何度も止められてイライラするという感覚は皆無で、「気がついたらだいぶ進んでいた」という感覚に近いものがあります。

これらのルートに共通しているのは、「信号で止められない快適さ」です。「高速」とうたわなくとも、停止回数が減れば結果的に所要時間は短縮されます。これが、オランダの長距離ルートが目指す「質の高い移動」なのです。

6. 都市中心部における駐輪政策の転換

長距離ルートを通って快適に移動できたとしても、目的地である都市の中心部に自転車を置く場所がなければ意味がありません。しかし、オランダの都市中心部における駐輪政策は、単に「置き場所を作る」という段階を超え、都市空間の質を問うフェーズへと移行しています。
「歩行者優先」への歴史的転換
かつてオランダの都市部でも、駅前や商店街の歩道が自転車であふれかえり、歩行者の通行が妨げられる事態が頻発していました。私がフローニンゲンに住んでいた2000年代後半から2010年代にかけても、広場や目抜き通りに自転車が乱雑に置かれ、景観を損なうだけでなく、歩行者にとっての障害物となっていました。当時は対策として、店舗の入り口前に「赤い絨毯」を敷くことで、「ここには自転車を置かないでください」と心理的に訴えかけるキャンペーンが行われていましたが、抜本的な解決には至っていませんでした。
現在、都市政策の焦点は明確に**「歩行者最優先」**へとシフトしています。
歴史を振り返れば、フローニンゲン市では1977年に「交通循環計画(Traffic Circulation Plan)」を導入し、都市中心部を4つのセクターに分割して自動車の通り抜けを禁止することで、歩行者空間を創出してきました。また、ロッテルダムの商店街「ラインバーン」は、1953年に世界初の歩行者天国として整備されたことで知られています。このようにオランダには歩行者を尊重する土壌がありましたが、近年の高齢化やコロナ禍による公共空間の重要性の再認識を経て、その原則がより強化されています。

駐輪場の「地下化」と「デザイン」
具体的な施策の一つが、大規模駐輪場の地下・屋内化です。オランダは土地利用規制が非常に厳しく、日本のように「空き地を暫定的に駐輪場にする」といった柔軟な対応ができません。都市の中心部にはそもそも用途の定まっていない空き地など存在しないのです。そのため、駐輪場を整備するには、地下を掘るか、既存の建物を転用するしかありません。
ユトレヒトでは、撤退したデパートの地下や、歴史的な「バター市場」の建物を改修して駐輪場にしています。フローニンゲンでも、新しい複合文化施設(フォーラム)の地下に大規模な駐輪場を整備しています。これらは単なる置き場ではなく、明るい照明や電動アシスト自転車用の充電設備を備え、利用者が安心して使える空間となっています。

路上駐輪を完全にゼロにすることは難しいため、やむを得ず地上に置く場合でも、「隠す」デザインと誘導が徹底されています。無機質な金属製のラックをずらりと並べるのではなく、石枠や植栽を使って駐輪スペースをさりげなくゾーニングし、歩行者の動線を阻害しないよう誘導しています。パブリックスペースの質を高めるため、駐輪場を目立たせない工夫が凝らされているのです。
インセンティブと取り締まり
どれほど立派な駐輪場を作っても、使われなければ意味がありません。そのため、駅前や中心部の多くの駐輪場では「最初の24時間は無料」というルールが定着しています。誰でも気軽に、コストを気にせず利用できる環境を整えることで、路上駐輪からの誘導を図っています。
その上で、放置自転車には厳しく対応します。警告シールを貼り、一定期間(例えば2週間など)経過しても移動されない場合は撤去し、保管場所へ移動させます。かつては見て見ぬふりをされていた放置自転車も、現在は歩行者空間を守るために定期的にクリアランスされています。

質疑応答(要約)
講演終了後に行われた質疑応答から、主な論点をご紹介します。

動画を見ると信号が非常に少ない印象ですが、安全性はどのように確保されているのでしょうか?
信号交差点ではなくラウンドアバウト(環状交差点)を多用しています。オランダ人は現実として信号をあまり遵守しない傾向があり、それならば信号に頼らず、アイコンタクトや譲り合いで交通を処理する方が合理的であるという設計思想に基づいています。
日本では駐輪対策として有料化や機械式ラックが一般的ですが、オランダとの違いは?
オランダは自転車盗難が非常に多いため、路上に現金の入った精算機を設置するようなコインパーキング方式は成立しません。現金の入った箱などすぐに壊されてしまうからです。そのため、頑丈なチェーンロックの使用が前提であり、行政側は「無料で使いやすい駐輪場」を整備した上で、ルール違反に対して警告・撤去を行うというアプローチをとっています。
まちづくりにおける自転車の位置づけについて教えてください。
オランダでは土地利用計画が厳格で、新規の地区開発を行う際は、最初の地区計画の段階で自転車インフラや駐輪場の配置が決定されます。日本のように開発が進んでから後追いで用地を探すのではなく、最初から都市機能の一部としてビルトインされている点が大きな特徴です。

 

以上、オランダの自転車政策は、「移動の効率化」と「都市空間の質的向上」という両輪で進化を続けています。これらの取り組みは、今後の日本の交通政策やまちづくりを考える上でも、種々の示唆を与えてくれるものです。