第8回 自転車の利用促進の要因その3~自転車のメリット:買物
1. 買物が自転車利用回数のトップ
(1)自転車による外出
自転車の活用を推進して、健康増進や地球温暖化対策を進めることが求められています。宇都宮市や茅ヶ崎市で調査をしたところ、市民が自転車を利用する回数で一番多いのは、買物であることが分かっています。各市民で自転車を利用する人の自転車による外出の目的を回数の多い順に3つまで回答してもらったところ、いずれも買物目的がトップになっています。(国土交通省の平成27年全国都市交通特性調査でも自転車の移動目的では買物が多くを占めています)。
出典 表1:自転車総合研究所「自転車の活用による自動車依存型地域社会の転換方策に関する調査研究」2021.9における茅ヶ崎市民等アンケート調査 122人の回答結果
表2:自転車総合研究所「自転車の活用による自動車依存型地域社会の転換方策に関する調査研究」2021.9における茅ヶ崎市民等アンケート調査 122人の回答結果
(2)買物のための外出は必要不可欠
次に、買物は、近年では通信販売によるものが多いのですが、製造された商品で品番が明確になっているものについては、価格差を目安に通信販売でも購入できますが、生鮮食料品などは実際に店頭で確認しながら購入することが多く行われているといえます。したがって、いくら通信販売があるとしても、品質の見極めを自分でするために、また、送料を含めて負担等を軽減するためにも、買物目的の外出は、日常の生活に必要な生活物資を調達するために欠かせない行為といえます。このような日常生活に必要な買物行動をどのように行うかは、買物をする市民はもとより、来店を待つ商業事業者、さらに、高齢者を含めた地域の移動手段の確保やまちづくりの視点から自治体等にとっても重要なテーマとなっています。
2. 自転車による買物のメリット
自転車による買物を考える際には、買物の市民及び商業事業者にとって、どのようなメリットやデメリットがあるかを考えて、メリットを伸ばし、デメリットを克服することが必要です。この場合に、お話を簡単にし、かつ、健康や地球温暖化等の観点から、比較の対象をクルマによる買物に限定し、経済的メリットに換算して、みてみたいと思います。
①市民のメリット ~クルマは片道3kmの買物で一回当たり往復64円のガソリンを消費
市民が自転車での買い物をする際は、経済的にメリットがあります。これをまとめたものが、表3です。
表3 自転車による買物の経済的メリット
A:自転車総合研究所「自転車の活用による自動車依存型地域社会の転換方策に関する調査研究」2021.9により、自転車利用すると48円/km削減されると試算(国土交通省都市局「健康・医療・福祉のまちづくり推進ガイドライン」90ページを活用して試算)
B:国土交通省「自転車燃費一覧」を参考に1500ccクラス15km/l 1リットル160円換算
C:二酸化炭素排出は公益財団法人交通エコロジー・モビリティ財団2021年版運輸・交通と環境より133g/kmとして計算
D: ㈱日本総合研究所「カーボンニュートラルへの道標を提供できる排出権取引」瀧口信一郎2021.06.24 による。EU排出権取引(EU-ETS)価格で2021年5月の最高値55ユーロ/t(現行138.6円レートで日本円で7600円)で、1kg当たりで7.6円を元に概算した。なお、わが国では排出権取引はまだ導入されていない。
E:通常100円につき0.5ポイント付与のスーパーで、5倍ポイントデーの日に行くと仮定。5倍ポイントで計算すると100円につき2.5ポイントとなるため、差の2.0ポイントでガソリン代をカバーするのに必要な買物金額を計算
第六回のコラムで述べましたが、クルマでの買物は、どうしてもガソリンを消費します。昨今特にガソリン価格が高騰していますが、160円/リットルとして、1500ccのクルマを標準に考えますと、距離に応じて、往復のガソリン負担は、42円(片道2km)、64円(同3km)、85円(同4km)になります。スーパーでポイントが例えば5倍になるため、4kmの距離のあるところに行く場合、100円につき通常ポイント0.5ポイントが2.5ポイント付与されるとして、差の2.0ポイントでガソリン代相当の85ポイント(85円分)を獲得するためには、4,250円以上の買物が必要です。また、仮にポイントがガソリン代を上回るとしても、ポイント5倍などの効果の多くはガソリン代で消えます。自転車で買い物に行けば、これらのポイントは全部獲得できることになります。
さらに、身体活動が自転車で地道に長期的になされた場合の医療費の削減効果(40歳以上)の計算を第六回のコラムで示しましたが、往復で、192円(片道2km)、288円(同3km)、384円(4km)になり、自転車による買物では、身体活動による医療費軽減の大きな金額になります。
これに加えて、排出される二酸化炭素は、532g(片道2km)、798g(片道3km)、1,064g(同4km)です。本人の直接の負担はないのですが、これを二酸化炭素排出権の取引価格に換算してみます。国際的な排出権取引価格は、約7500円/1000kgと昨今高騰しており、仮にこれの価格で計算しますと、1kg当たり約7.5円ですので、4円(片道2km)、6円(同3km)、8円(同4km)となります。
これ以外にもメリットはありますが、上の三つを計算した合計だけでも、自転車を活用すると、大雑把ですが、自動車にかかってくる238円(片道2km)、358円(同3km)、477円(同4km)の経済的な負担が軽減されるメリットがあることになります。週3回買物に行くとして、年間に換算してみますと、それぞれ37千円、56千円、75千円とかなりの金額になります。
②商業施設のメリット
商業施設への自転車による来店する人は、たくさん買ってくれないので、自転車による来店を促しても売り上げには効果が薄いというお話をよく聞きます。
確かに、週末のスーパーなどに行きますと、クルマでやってきて大量に買って帰るひとをたくさん見かけます。そこで、自転車で買物にやってくる人は売上金額がクルマでの来店者に比べて、どの程度の差があるかについて調査をしました。この結果が表4です。
表4 宇都宮市の商業施設での来店手段別の購入金額
出典 (財)土地総合研究所等受託都市再生モデル調査 宇都宮市対象の調査に基づき古倉分析回答者は、郊外店 350 中心市街地店 184 うち、購入金額の回答のあった者(郊外店212人、中心市街地店80人)を対象に分析。
これによりますと、宇都宮市の中心市街地のスーパーでの一回当たりの買物金額の平均は、自転車の人は3,691円、自動車の人は、5,326円ですので、一人当たりの売上額は自動車の方が多いのです。しかし、これらの週当たりの来店回数の平均を見ますと、自転車の人は3.4回に対して自動車は1.9回となっています。これらから、仮に毎回同じ金額を購入すると仮定して、計算しますと、週当たりの換算額は、自転車が12,549円、自動車が10,119円となり、自転車の売り上げは自動車を上回る勘定になります。郊外店では、自転車による来場者の回答がなかったため、自動車による来店者について同様に計算した週当たり換算額10,905円に比較しても、中心市街地の自転車来店者の週当たり換算額が上回っている計算なります。これと同じ調査を、茅ヶ崎市中心市街地に近いスーパーで実施したところ、表5のような結果となりました。
表5 茅ヶ崎市のスーパーでの買物金額
出典 茅ヶ崎市「自転車による健康づくりキャンペーンアンケート調査」2018.6実施 n=428のうち買物金額の回答であった人
この場合は、買物金額は、一週間当たり換算しても、自転車7,770円より自動車の10,702円の方が多い計算になりますが、自転車の方が圧倒的に少ないわけではなく、自動車の2割減ぐらいで、自転車の人もそこそこ買ってくれています。また、これを60歳未満の人と同以上の人を比較したのが表6です。
表6 茅ヶ崎市のスーパーでの年齢層別の買物金額
出典 茅ヶ崎市「自転車による健康づくりキャンペーンアンケート調査」2018.6実施 n=428のうち買物金額の回答であった人
これによりますと、一週間当たりに換算した買物金額は、60歳以上の人では、自転車8,746円がとクルマの8,223円を上回っています。
このように、自転車による来店者は、自動車に比較して、一回当たり売上額は少ないものの、来店回数が多く、これらを考慮すると決して自動車に比較して売り上げに遜色はないと考えられます。また、茅ヶ崎市では、60歳以上の人の一週間当たりの換算額は、クルマを上回っており、年齢層が高いと、たくさん買ってくれているのです。これに加えて、来店回数が多いことは、店舗や地域活性化にとって重要な「にぎわいづくり」に寄与していることも重要です。
これらから考えて、自転車による来店者が商業事業者にとって決して不利ではなく、むしろ、SDGsへの貢献を含めてメリットがあるとともに、健康や賑わいづくりの地域貢献があると考えられ、これを推進することが商業事業者自らの利益にもなると考えられます。
3. 自転車による買物のメリットは多方面で大きい
(1)様々なメリット
買物をする人にとっては、以上のような経済的(かつ環境的)なメリットが非常に大きいと評価できますが、さらに、自分の大切な時間を削らずに移動時間中に無料でできる身体活動であり、自動車では得られないフィットネス効果はもちろん、がんなどの生活習慣病の予防効果があります。また、商業事業者にとっても、売り上げや賑わいの増加が期待できますし、自動車での来店では、駐車待ちのクルマでの周辺道路の混雑、ガードマンの配置、駐車スペースの確保などが必要ですが、自転車はこれらが必要ない、又は少なくて済むなども大きなメリットと見られています(店舗に対するアンケート調査による)。このことは、自治体にとっても市民の健幸増進、地域活性化や地域の渋滞解消等につながることになります。なお、自転車による買物に関する雨等のデメリットとこれが一定は克服又は対応できることは、従前のコラムでも解説しており、これらを考えますと、全体ではメリット方が大きいものと考えられます。
(2)自転車による買物に焦点を当てた施策を積極的に奨励する
このため、自転車での利用回数の多い買物に焦点を当てて、これを奨励する施策を講ずることは、自転車の活用推進に直結するとともに、市の環境施策や健康施策の推進に寄与できる重要な方策です。このために、買物目的に焦点を当てた施策展開として、買物に利便な駐輪場の位置や質の確保、買物目的の自転車ルートの整備、自転車来店に対する健康ポイントの増額などが考えられます。
今後このような自転車の買物目的の利活用促進が期待されます。
文:自転車総合研究所 所長 古倉 宗治