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2022.07.13

コラム

第9回 自転車の利用促進の要因その4~自家用車通勤の地域への負荷解消

1. 自転車通勤が救う地域の安全性

(1)自転車通勤のメリット

自転車通勤の直接のメリットは、大きく分けて会社と通勤者の二つの側面があります。自転車通勤を推進する際には、多く場合、通勤者本人のメリットに焦点を当てて説明されることが多いのですが、これだけでは会社の自転車通勤に対するスタンスを動かすことはできません。この点、自転車活用推進官民連携協議会が作成した「自転車通勤導入に関する手引き」(2020年5月作成)は、企業や団体向けに作成されたもので、会社のメリットを紹介するとともに、導入するに当たっての会社の課題と解決策等を示して、会社に積極的になってもらおうとするものです。視点を通勤者に置いているのではなく、会社においている点で新しさがあります。

自転車通勤については、通勤者本人のメリットに集中していて、肉体的、精神的な健康を中心に取り上げられ、生活習慣病の予防や健康増進などスポーツ医学の専門の方々やこれを深く研究しておられる方々からの説明がありますし、また、色々な方が自転車通勤の楽しさやメリットを様々な角度から取り上げていますので、ここでは省略します。

これに対して、会社が受けるメリットについては、上述の「自転車通勤導入に関する手引き」などを含め、従来から内外で指摘[i]されていますが、上記手引きでは、①通勤手当などの経費削減、②健康な従業員による生産性の向上、③環境と健康にやさしい事業者としてイメージアップ、④近隣からの雇用の拡大の4つの点で、企業のメリットを強調しています。このように、企業のメリットがより強調されるようになってきているのですが、自転車通勤を盛んにするには、これに対する会社の理解がキーポイントになってきていると考えられます。

[i] 古倉宗治「成功する自転車まちづくり」(学芸出版社)p56で整理しています。

(2)自転車通勤に対する会社の理解が推進のキーポイント

それでは、会社の理解がどの程度重要なのでしょうか。通勤者に聞いたau損保の新型コロナが与えた影響についてのアンケート調査の結果(回答500人)があります。「自転車通勤の利用が今後広がるために必要なこと」(図1)については、「自転車通勤を認める会社が増えること」(71.8%)がトップで、これに3番目の「会社が制度を整えること」(67.8%)を加えると会社の対応が重要なポイントになっていることが、コロナ禍を通じて理解されるようになったと考えられます。よく言われるような「交通環境の整備」(2番目、68.0%)や「交通ルールの周知」(4番目、56.2%)という従来型の項目よりは、会社の対応がより重要であることを多くの人か認めるようになったのです。

すなわち、自転車走行環境の整備や自転車ルールの普及啓発が仮にできたとしても、個人が自転車通勤する際の動機づけに過ぎず、直接会社の問題ではありません。会社が自転車通勤をバックアップするかにキーポイントがあり、直接会社に関係がある利害(後述します)に基づいて、会社が前向きに動くことが重要であると考えられます。

(3)企業を支援する自治体の積極性も重要

自転車通勤に対しては、「広報啓発の強化をはじめ総合的な取り組みを推進する」こととされています(第二次自転車活用推進計画p11)。この場合自転車通勤を促進する企業に対する支援策を講ずる際のポイントがいくつかあると考えられます。

第一に重要な点は、個々の会社の一つ一つに自転車通勤に対する理解を得ようとしても限界があり、自転車通勤を国や地方公共団体がまとめて会社の自転車通勤に対する積極性を得るための取組が必要になっていると考えられます。いかに自治体が自転車環境の整備等で頑張っても、会社が自転車通勤の必要性を理解し、推進しないと前進しません。とくに、会社が個人に自転車通勤を働きかけるぐらいにならないと、自家用車通勤に慣れている一般の従業員を巻き込んで自転車通勤に転換することはできません。

図2 通勤が主目的の自転車スーパーハイウェイ(28ルートの計画)

出典 2017年訪問時コペンハーゲン市提供資料

第二に重要な点は、本格的に自転車通勤を推進するなら、走行空間を整備する際に、主として通勤用の走行空間整備の目的を説明し、企業に協力を求めることをセットで行うことが重要です。「ロンドン自転車革命」(2010年3月策定)では、自転車通勤のためのサイクルスーパーハイウエイの整備とセットで、沿道企業にも通勤手当支給等の自転車通勤の推進をお願いするとしています。コペンハーゲン市でも、自転車の利用拡大は、自転車通勤を大きな柱として、たとえば、郊外に延びる延長10km程度の自転車スーパーハイウェイの整備を行っています。スーパーハイウェイは、2017年自転車駐車場整備センター主催の調査団訪問時点で28ルートが計画され(図2)、2030年に総延長680㎞を目標[ⅱ]としていました。これは自転車通勤の範囲を都市中心部から10kmの範囲まで拡大する通勤目的のハード施策であるとされます。この素晴らしい施策は、コペンハーゲン自転車戦略2025年(2011年策定)では、自転車通勤比率を50%にすることを目標に設定し、現在の15万人の自転車通勤通学人口に追加して、企業等に5.5万人の自転車通勤通学人口を増やすことをセットで推進していました。この人数という量的な指標を表示し、このための走行空間を整備することを明確にしているのです。行政がいくらハードの走行環境を整備しても、後は会社任せということでは、推進できません。ここに、自治体の会社に向けた効果的な広報啓発策と走行環境整備がセットで求められるのです。

2. 会社には自転車通勤を積極的に進めるスタンスが不可欠

第三に重要な点は、会社は単に自転車通勤を認めることでは足りません。会社がその必要性や大切さを理解して、これを主体的かつ積極的に進める立場に立つことが重要です。つまり、通勤者が自転車通勤をしたいと言ってきたら認めるというような受け身又はニュートラルな立場ではなく、これを主体的かつ積極的に進めることが必要なのです。そこまで、徹底することが必要です。

(公財)日本交通管理技術者協会 2016年調査自転車の利用に係る企業行動調査アンケート報告書
 

日本交通管理技術者協会が実施した上場会社に対するアンケート調査(386社が回答)では、図3のように、会社全体で承認している企業が67%あり、逆に全組織で認めていないのは14%しかありません。これらを見ると、多くの企業が自転車通勤に理解があるように見えます。しかし、自転車通勤者の支援策(複数回答)を見ると、図4のように、自転車通勤手当の支給は41.6% (134社/320社)と一定はありますが、逆に「無し」というころが36%(115社/320社)もあり、自転車通勤を認めているにもかかわらず、支援策は何もしていない企業がたくさんあるのです。

別の宇都宮市の企業アンケート調査(回答183)では、自転車通勤は「承認している」とするものが83%もありますが、「奨励している」はわずか5%となっており(図5)、承認は、申請してきたら認める受け身のものであり、奨励のように積極的に推進する姿勢を持つものはわずかです。これが明確にわかるのは、同じアンケート調査で、「自転車通勤に対する企業の推進姿勢」(図6)についての質問です。「推進すべき」が8.7%、「推進すべきでない」が5.5%とスタンスを明確にしているのは極めて少数であり、「どちらともいえない」が82%と、明確な方向性がないものがほとんどを占めるという結果になっています。これが一般の従業員に自転車通勤が浸透しない大きな原因になっていると思われます。

そして、さらにこれらを一企業の自由な選択にゆだね、行政がニュートラルの立場でいるうちは、自転車通勤は大幅に拡大することが困難であろうと思われます。

       

出典 宇都宮市「自転車通勤促進基礎調査アンケート結果」2015

3. 自家用車から自転車や公共交通への通勤手段の転換は企業・自治体の共同の責任

この点に関し、第四に重要な点は、自治体が中心になり、もっと積極的に企業の責任を明確にしつつ、企業全体に対して働きかける必要があると思われます。企業は、自転車通勤に対しては環境や健康の増進が世界的なテーマであるSDGsの実現に貢献に関係するため、真正面から反対しにくいのですが、逆に積極的な姿勢を取らない中途半端なスタンスにあると思われます。

(1)企業が自転車通勤を積極的に取り組む責任

自転車通勤に関して地域に立地する企業の責任は、まちづくりに大きく関係しているのです。それは、自転車通勤に積極的に取り組まないことで、環境や健康にやさしくない、SDGsの行動をとらないばかりでなく、地域に具体的に大きな迷惑をかける結果となっているのです。

すなわち、①ラッシュアワーに個々の企業の自家用車通勤が時間的に大量に集中することとなり、自動車交通量全体が大きく膨れ上がることで渋滞が発生し、地域住民の一般生活に必要な移動に迷惑をかけていることになります。加えて、地域のバスやタクシーなどの公共交通の速度や定時性の大幅な確保を不可能にします。企業は、自家用車通勤を自転車通勤に積極的に転換しない限り、地域に対して大きな負荷、すなわち迷惑をかけていることになるのです。

さらに、②通勤時間帯に集中する自動車が原因で、自らの従業員の自家用車通勤の移動速度に大きなマイナスが生じ、いたずらに通勤の長時間化又は早朝出発を余儀なくしています。しかし、その結果は不利益を受ける通勤者の問題であり、企業としては通勤者に我慢させれば、済むことかもしれません。

しかしながら、③それ以上に大きな問題な点は、自家用車通勤の人が、渋滞などで遅刻を恐れて猛スビートで走行したり、さらに、進入禁止の通学路や住宅地に違反して進入し、通学途上の子供たちや高齢者等を含めた地域住民を危険にさらすことにつながるのです。このような例が数多く報じられており、また、悲惨な事故も生じています。事故に直接つながらない場合も、ヒヤリハット地図を作成すると、大きな恐怖を感じている人が多いことは確かです。これは、単なる個々の企業活動の問題であるとは言えない状況で、具体的な危険性を地域に惹起していることになります。自家用車通勤を抑制しないで放置していることが、このような危険性や周辺地域に対する迷惑を増大させていることを認識する必要があります。

(2)自転車通勤への転換は自治体の責務

これらは、地域の企業が自家用車通勤に対する対応を積極的にとらないことが蓄積して起こることです。単独企業のみで負荷をかけることは少ないかもしれませんが、多くの企業がまとまって放置することで、相乗して大きな危険や負荷を生み出しているのです。自転車通勤への転換は、これらの地域や自らのマイナスの負荷を解消する現実的な大きな切り札になります。自家用車通勤の一部を自転車に転換するだけでも、それによる渋滞が大幅に緩和され、自家用車通勤のマイナスが解消される大きなメリットが生まれます。これは、個々の企業が個別に対応することは難しく、全体として横並びで自転車通勤に転換する必要があります。ここに、地域への危険や負荷を回避するため、これらを十分に啓発して解消する自治体としての責務があるといえましょう。

(3)自治体の自転車通勤の障害の解消や必要性の説明責任

①通勤者のうち、自転車通勤ができる人の割合は、「自転車で行ってもよい距離」と「実際の職場までの距離」とを比較すると推定できます。例えば、宇都宮市では、47.1%、茅ヶ崎市では60.0%人が、「自転車で行ってもよい距離」の範囲に「実際の職場までの距離」が収まっています[ⅲ]。通勤者の半数前後の人がこの範囲に職場があるのです[ⅳ]。「自転車で行ってもよい距離」は、物理的かつ心理的に行ってもよいと思っている距離と考えられますので、十分に現実性のある距離です。この点は、筆者らが福島市及び静岡市で行ったアンケート[ⅴ]でも、自家用車通勤者の半分以上について5km以下の通勤距離という結果が出ております。

さらに、②事故の危険性については、人口当たりの交通事故の死傷者数は、自動車乗用中が自転車乗用中より4倍から6倍も高いこと[ⅵ]、企業も自転車通勤の事故を心配している割合よりも、自家用車通勤の事故の危険性を心配している割合が高いこと[ⅶ]から、自転車に転換することで、企業の持つ心配事項やマイナス事項を減らすことができます。このようにデータを駆使して、自治体から企業に対して実証的にアプローチすれば、焦点を当てたハード面ソフト面の総合的な推進策に説得力を持たせることができ、自転車通勤が本格稼働することになるのです。

文:自転車総合研究所 所長 古倉 宗治

【PDFダウンロード】

[i] 古倉宗治「成功する自転車まちづくり」(学芸出版社)p56で整理しています。

[ii] Cycle Superhighway Bicycle Account 2019 OFFICE FOR CYCLE SUPERHIGHWAYS, 2019. 2.

[iii]本コラム第5回(自転車の利用を妨げる要因~「目的地が遠い」「疲れる」と天候)p3で説明。

[iv]本コラム第5回(自転車の利用を妨げる要因~「目的地が遠い」「疲れる」と天候)で十分検証しています。

[v] 古倉ら実施 住民アンケート調査(住民基本台帳) 2003年による通勤・通学者の距離(福島市、静岡市)等。

[vi]コンパクトなまちづくりにおける自転車利用可能性に関するアンケート調査」(2019.8 宇都宮市民548人回答)によりますと、手段別の一週間当たりの外出回数と一回当たり外出距離から、自動車は平均で23.1km/週、自転車は平均で14.7km/週となります。これを、自動車と自転車は旅行速度各20km/h、15km/h (小川ら「地方都市における自転車利用促進のための有効な距離帯に関する地域比較分析」土木学会論文集D3 (土木計画学), Vol.68, No.5 (土木計画学研究・論文集第29巻), I_883-I_892, 2012.滋賀県草津市での平均速度の算定を基にして概算) として、計算しますと、移動している時間は、各約1.2時間及び約1時間となります。つまり、一週間当たりの市民の自動車と自転車に乗っている時間は、変わりがないことになります。

[ⅶ] 古倉ら2003.3福島市及び静岡市での企業で従業員上位各150社アンケート調査(回収率37.3%)  (N=112)SA