自転車で行ける距離を多くの人が自家用車を利用している
1.群馬県では100m先の目的地に行くにも4分の1の人が自家用車を使う
自転車で行ける距離であるにもかかわらず、自動車を使う人が多いことは、経験的にはわかっています。具体的には、次のグラフのように、群馬県では、明らかに一般の人が自転車や徒歩で行けるごく近くの距離、例えば100mまでで26.9%、300mまで36.5%などたくさんの人が自動車を利用して行っています。このような過度の自動車の依存状況が特に地方都市を中心に存在しています。下の図の群馬県に限らず、地方部では自動車がないと生活できないといわれています。自家用車を前提とした住宅地がどんどん増えています。このような実態を反映して、普段から自家用車を利用する生活が自然なライフスタイルになってしまい、自家用車に依存する生活が常態化し、その結果、例えほんの近くで徒歩や自転車で行けるような目的地に行くにも、自家用車を利用してしまうのです。徒歩や自転車、さらに公共交通との使い分けが適切になされていないことがわかります。
2.自転車で行ける距離なのに
自家用車で行く最大の理由は“自家用車の方が早いこと”
基本的には、上のような事情なのですが、自転車や徒歩で行ける距離なのにどうして自動車を利用しているかについては、内閣府広報室の世論調査の結果があります。これによると、自動車の方が早いからというのが最も多い理由(複数回答64.2%)です。つまり、距離的には行けるかもしれないが、時間的には不利だからという理由です。
3.クルマの方が早いのは4-5km以上の距離の場合です
自転車で行ける場合でもクルマを利用する皆さんの多くが、自家用車の方が早いからと考えているのですが、自家用車は本当に早いのでしょうか。確かに、自家用車が都市内の速度制限の30-50km/時程度に対して、平均的な普通自転車は15km/時で、自家用車は自転車に比べて2倍から3倍強になり、自家用車の方が乗り物としての単体の速度は速いのです。しかし、これは周辺環境を考慮しない乗り物としての速度ですので、現実は渋滞や信号待ち、迂回など都市の環境条件に大きく左右されます。これを表示する都市における自動車の旅行速度(実際の移動速度)の平均は、混雑時で15km/時から非混雑時の30km/時(2010年)で、自転車の15km/時よりも速度は大きいですが、現実には需要が集中する朝夕などの混雑時は自家用車の方が自転車より実際の速度は少し有利になるだけです。さらに、移動の速度のみで比較すれば少し有利かもしれませんが、出発地点及び目的地点での前段階及び後段階の必要な動作があります。出発点では自家用車に必要なエンジンの起動、車庫開け、出庫など、また、目的地点では、駐車場探し、入庫等の行為に要する時間、目的施設までの徒歩による移動時間等が必要です(立体や広い駐車場などでは駐車行為や駐車場所探しも時間がかかります)。これに対して、自転車は、渋滞がありませんので旅行速度は一定になり、また、信号待ちなどでの停止位置が短くて済む場合もあり、定時性は相当に高いのです。また、移動の前後に必要な動作も、駐輪スペース探しは目的施設にもよりますが、一般的には近接で簡単にでき、また、車庫入れなどもなく、手軽に駐輪できるので、前後の所要時間も少なくて済みます。
これらの関係について、国土交通省が作成したグラフがあります。ずいぶん古い資料(1999年作成)ですが、横軸の移動距離に応じて縦軸に所要時間が示されています。これによりますと、自転車が他の交通手段よりも一番所要時間が少ない距離は、約5km弱以下です。このグラフの自転車の赤色の直線グラフが一番下に来ている範囲が自転車の所要時間が短い部分です。その頃に比べて現在では道路整備も少し進展し、自動車の移動速度が向上するなど状況は変わってきておりますが、少なくとも一定の距離の範囲では、自転車の方が自動車より所要時間が短く、「自動車が早いから」という理由は成り立たないことになります。
国土交通省のグラフが作成された当時、同様の表は、EUの資料やオーストラリアの資料などでも作成され、自転車の方が自動車よりも一定の距離では所要時間が短いことは世界で共通に言われてきたことです。おおよそ、5km弱未満では、自転車の所要時間が他の交通手段に比較して短い、すなわち、目的地まで人が移動するトータルの時間は少ないとされています。
その後の研究(小川、宮本「地方都市における自転車利用促進のための有効な距離帯に関する地域比較分析」2012年 ※1)において、大都市中心部(京都市中京区)、大都市に挟まれた郊外部(京都府向日市)及び郊外都市部(滋賀県草津市)の3つに分けてきめ細かく作成したグラフが提示されています。なお、この前提として、交通センサスから求めた自動車及び自転車の平均速度は右下の表の通りと計算されています。どのケースも平均速度は自動車の方が速いことがわかりますが、現実的にはそれほど大きな差がないと考えられます(自動車が1.24から1.35倍)。なお、自転車はいずれの地域でもほぼ15km/時の一定速度が出されていることから、都市環境に左右されず定時性にすぐれているといえます。
[※1] 土木学会論文集D3 (土木計画学), Vol.68, No.5 (土木計画学研究・論文集第29巻), I_883-I_892, 2012.
この研究の結果として、現状の自転車走行空間の整備状況を前提とした結果では、グラフの通り、京都市中京区:0.47km-3.95km(0.46km-4.93km)、京都府向日市:0.47km-3.23km(0.46km-4.26km)、滋賀県草津市:0.47km-2.91km(0.46km-3.71km)の範囲が自転車の所要時間が短いと計算されています(なお、()書きは、すべての道路で自転車走行空間の整備(他の交通に影響がないような整備)がなされたことを前提として計算した結果です)。現状(2012年)の道路の整備状況を前提とした場合は、過去(1999年)のグラフよりは、自転車の所要時間が短い距離の範囲が縮小されていますが、今後、これが整備された場合は、この範囲が従前言われていた範囲に近くなることが予測されます。
4.自家用車の移動は自転車よりもはやく行けるものが多いか
それでは、これを踏まえた3-5kmの自動車の移動は少ないのでしょうか。最近の調査では、都市内の移動では、5km未満の乗用車の移動は全体の移動回数の44%となっています。この割合は少しずつ高くなってきています。つまり、半分弱が5km未満の移動となっていますので、乗用車の相当の割合の移動については自転車の方が早い移動になっていることがわかります。このようにみてみますと、相当多くの割合の自家用車の移動は、自転車で行った方が所要時間が短く早いことがわかります。また、自転車走行空間の整備が進展すれば、この範囲は拡大されて、自転車と自家用車の適切な使いわけの推進にデータ的にも寄与できるものと考えられます。
5.自転車で行ける距離は自転車で行く人を増やすために
以上のように、自転車で行ける距離でも自家用車で行く人がたくさんいること、そして、その最大の理由である「自動車の早さ」は、特に自転車がカバーできそうな距離である3-5kmでは自転車の方が早く、成り立たないことがわかりました。しかし、このことがあるから自動車から自転車へ転換が進むというわけには必ずしもいかないと考えられます。自家用車に依存する地域社会に対する健康や環境の視点から理解を伴った総合的かつ円滑な転換方策を考える必要があるのです。ここに単発的にこのような自転車のメリットを説明する啓発だけではなく、ハードソフトの総合的な自転車政策の重要性が浮かび上がってきます。このコラムでは、このような方策を含めて自家用車と自転車の的確かつ効果的な使い分けのあり方なども順次情報提供していきたいと考えています。
文:自転車総合研究所 所長 古倉 宗治